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zoom RSS 日本国憲法は「平和憲法」と呼ばれている

<<   作成日時 : 2016/08/22 12:08   >>

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 日本国憲法は「平和憲法」と呼ばれる、それは41年8月のイギリス、
アメリカが合意した戦後の国際社会を構想した「大西洋憲章」が反映さ
れているからだ。(注)

 「戦後」と記したのは、すでに39年9月1日のドイツのポーランドへの侵
略が第二次世界大戦の始まりとされているからだ。

 第二次世界大戦は、ドイツ、イタリア、大日本などの陣営に対して、
イギリス、フランス、アメリカ、ソ連邦、中国などの陣営が反ファッショ解
放闘争として位置付けて闘い、45年9月2日の天皇と大日本帝國の降
伏で集結した。

 その戦後の国際社会を構想したのが「力によらない国際社会」の構築
を謳っている「大西洋憲章」だった。

 天皇と大日本が受託したアメリカ、イギリス、中国、ソ連邦の「ポツダム
宣言」は、「大西洋憲章」を根拠としていて、その枠組みが日本国憲法に
反映されている。

 ところが「ポツダム宣言」の目的を達して連合国の軍隊が日本から
撤退する時は、つまり日本が独立した時、52年4月に発効した旧日米
安全保障条約では、日本はアメリカ軍に対する基地の提供、在日アメ
リカ軍を守るための自衛隊の行動、アメリカ軍に対する自衛隊による
補給活動、つまり国際法の「集団的自衛権行使」にあたる軍事的な
「兵站(へいたん)」を担うことになった。

 これは「力による国際社会」の構築への転換、理由は同盟していた
ソ連邦を全体主義と見なし、自由主義と対抗してきたと云われている
が、本当は核兵器を製造し広島・長崎に投下したからだ。

 これまで人類を先導してきた「文明」が、広島・長崎への無差別殺戮
で、その頂上から転げ落ちた瞬間だ。

注:『核に憑かれている日米』


http://60120837.at.webry.info/201608/article_19.html
(つづく)

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