個人がない文明

 ネットのニュースで「どもり」の記事が配信された。(注1) 
記事は、今年、施行された「障害者差別解消法」の枠の中で書かれて
いる。

 さて、どもりは体の偏りからの癖で、話しが話題からずれて拡がるとか、
新聞の評論を自分のごとく話すとか、頭を掻くとか、貧乏ゆすりしてしま
うとか、むかしのことをきょうのことのように覚えているとかは、みんな癖
である。

 世の中は癖を見ない、それは国民として大きな塊りで人間を見るから
である、この塊りを構成しているのが個人である、個人は塊りの構成要
素だから、個人の癖はその範囲の外になるので、観察の対象とはなら
ない。

 今の世で、わたしたちが使っている個人とは、平均化されている個人
のことで、その人を、その人として観察しているわけではないので、いつ
までたってもどもる現象に迫ることができない、とても不便な世の中なん
だ。

 どもる現象は、頭の閃きが速いこと、数も多い、それで言葉にするのが
間に合わないことからなんだ、だから腰から頭に上るエネルギーの量の
加減をすることと、体が捻じれているので、その捻じれを薄くすることな
んだ、そうすると、癖が消えるんだよ。(注2)

注1:
<吃音>「差別受けた」6割 「理解不十分」7割


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160816-00000114-mai-soci

<吃音>苦しみ深く…社会の理解不可欠 アンケート記述欄

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160816-00000115-mai-soci

注2:
人間の生態と どもり


http://60120837.at.webry.info/201604/article_14.html
(つづく)

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