個人は個性を持っている

 中国古典の論理と自然・社会・人間をひとつながりとしての見方、西 洋の人々とその集合体の持っている主体的権利、西洋でいう「弁証法」 について記してきた。  かって中国は「礼」を文明の基準とした、ヨーロッパは「時間」を文明の 基準とした、それぞれ「生命に対する礼」と「クラシック音楽」など使える ものがある。  しかし、…
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弁証法

 敗戦間への大日本の「おおやけ」の最高位は天皇でした、私が通った 小学校には、御真影と教育勅語を納めていた「奉安殿」(ほうあんでん) の址(あと)がありました。  その月山(つきやま)でよく遊びましたが、敗戦前、「奉安殿」を通過す るときには、服装を正して最敬礼をした話はよく大人たちから聞きました。  「奉安殿」での形…
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人類普遍の原理

 わたしたちは普段、「国民」というが、それは西洋での「people」を訳し た言葉である、「人々」という意味である、その人々が集まると「public」 になる、ひとりひとりの人間が集まって集合体をなすことである。  その集(あつまり)が持っているものが、(例えば)戦争するか、しない かを決める主体的権利なのである、そのことを…
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おてんとうさん

 「おてんとうさん」、万物に平等に陽(ひ)を与えてくれる、この言い方は 、「おてんとうさん」と「万物」を並列した状態での外の関係を現わしている。  内の関係もある、「おてんとうさん」が「万物」の体にある状態では、 「万物」の内側に「おてんとうさん」が平等に現れる。  それは、 (健康は)自然に保たれる平衡として。 (…
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