むかし、四季しらず、暦と文字なしだった
そうなんだよね、『魏志倭人伝』(二百八十~二百九十七年の間に記
された)で四季しらず、暦なし、『隋書』(六百三十六年~六百五十六年)
「倭国伝」で「文字なし」とあるんだ。
それで、漢字伝来は五世紀~六世紀ぐらいといわれてるよね、日本の
支配階級は暦や漢字を入れたりしたんだ、むこうは漢字に意味があるだ
ろ、こちらは音(おと)だ、まぁ、それてぇ、大変な作業だったんだろう、そ
んなことで、万葉仮名の『万葉集』、「いのち」が主題、次はひらがなの
『古今和歌集』で四季定め、恋愛が主題、なかなかやるネ。
そうね、あちらが日本は四季しらず、暦と文字なし、とね、これが暦は
あるし、漢字からカタカナとひらがなを、文字を作ったんだ、すごいよね。
これ、『古事記』は七百十二年、『日本書記』は七百二十年、『万葉
集』は七百五十九年以降、『古今和歌集』は九百五年か九百十二年
ごろか、ともかく音(おと)を姿にしようとしたんだろうね、その要求だーよ。
どうにか、歌だけをわれわれの話し言葉を写すことができたんだがね、
宣(の)る、ものがたりで、文字による書きことばになちゃうと、乖離
しちゃってね、これって漢文文化圏の悩みだよね。
そういえば、中学の時、英語習うだろぅ、リード(読み)とグラマー(文
法)だったけ、まるごと訳せばいいのに、わたしなんかぁは、漢文読み
下しと同じ手順で訳したよ。
これが、話しことばの姿を文字にする、これをそがいしてるんだ、この
読み下しがあるんで、西洋の言葉もこれで受け入れることができたん
だが、それで西洋の思想を表すことができるんだ、そのかわり、言葉を
継ぐ「あれですよね」とか「なんちゃったりして」という「対話助詞」が消え
ちゃったんだ。
それで、明治以来、再編された学問の土台は、これなんだ、これがわ
れわれの日常生活の行動にも影響してるんだ、つまり最初から会話・
対話相手が想定されていない文体となったんだよ。
で、われわれが生活してるので、太陰太陽暦、季節、話しことばは大
事にしなければならない、日本の支配階級は明治になって暦と季節と
江戸時代の会話体を、これを投げ捨てたんだ、それと今度は話しことば
も投げ捨てようとしてるんだ。
でもね、支配階級の話題、「いのち」「恋愛」これは継承する必要があ
るんだ、これが「男時・女時」になるし、二人以上の生活運動の基にな
るんだよ。
そもそも、日本の支配階級の書き言葉は漢文読み下し文、宣命体
(せんみょうたい)なんだ、はじめのものがたり『竹取物語』もね、支配
階級の中の女性が、「おんな手」といわれる「ひらがな」を活用して、
どんどん音(おと)を姿にしていったんだ、江戸時代の会話体はこの流れ
なんだ、漢文文化圏の中で日本の支配階級だけは文字をつくることに、
ものすごくー積極的ではなかっんだ、そして明治から再び漢文読み下し
文が勢い盛り返してきたんだけど、でも今、若い人達にライトノーベルが
流行(はや)っているだろぅ、これって会話体への歴史の揺れ戻しだょ、
だからわれわれの手で音(おと)を姿(書きことば)にする条件が揃って
いるんだよ、今がそんなんだよ、今なんだよ。
『やっぱりカレンダーよりは暦にしたいね』
http://60120837.at.webry.info/201501/article_2.html
『これって、春夏秋冬はいつ頃定めたのだろうか』
http://60120837.at.webry.info/201501/article_3.html
『そうか、日本は非婚の男女の性をオープンにしていたんだ』
http://60120837.at.webry.info/201501/article_4.html
『そうね、体と心をささえるもの、何だと思う』
http://60120837.at.webry.info/201501/article_5.html
(つづく)
された)で四季しらず、暦なし、『隋書』(六百三十六年~六百五十六年)
「倭国伝」で「文字なし」とあるんだ。
それで、漢字伝来は五世紀~六世紀ぐらいといわれてるよね、日本の
支配階級は暦や漢字を入れたりしたんだ、むこうは漢字に意味があるだ
ろ、こちらは音(おと)だ、まぁ、それてぇ、大変な作業だったんだろう、そ
んなことで、万葉仮名の『万葉集』、「いのち」が主題、次はひらがなの
『古今和歌集』で四季定め、恋愛が主題、なかなかやるネ。
そうね、あちらが日本は四季しらず、暦と文字なし、とね、これが暦は
あるし、漢字からカタカナとひらがなを、文字を作ったんだ、すごいよね。
これ、『古事記』は七百十二年、『日本書記』は七百二十年、『万葉
集』は七百五十九年以降、『古今和歌集』は九百五年か九百十二年
ごろか、ともかく音(おと)を姿にしようとしたんだろうね、その要求だーよ。
どうにか、歌だけをわれわれの話し言葉を写すことができたんだがね、
宣(の)る、ものがたりで、文字による書きことばになちゃうと、乖離
しちゃってね、これって漢文文化圏の悩みだよね。
そういえば、中学の時、英語習うだろぅ、リード(読み)とグラマー(文
法)だったけ、まるごと訳せばいいのに、わたしなんかぁは、漢文読み
下しと同じ手順で訳したよ。
これが、話しことばの姿を文字にする、これをそがいしてるんだ、この
読み下しがあるんで、西洋の言葉もこれで受け入れることができたん
だが、それで西洋の思想を表すことができるんだ、そのかわり、言葉を
継ぐ「あれですよね」とか「なんちゃったりして」という「対話助詞」が消え
ちゃったんだ。
それで、明治以来、再編された学問の土台は、これなんだ、これがわ
れわれの日常生活の行動にも影響してるんだ、つまり最初から会話・
対話相手が想定されていない文体となったんだよ。
で、われわれが生活してるので、太陰太陽暦、季節、話しことばは大
事にしなければならない、日本の支配階級は明治になって暦と季節と
江戸時代の会話体を、これを投げ捨てたんだ、それと今度は話しことば
も投げ捨てようとしてるんだ。
でもね、支配階級の話題、「いのち」「恋愛」これは継承する必要があ
るんだ、これが「男時・女時」になるし、二人以上の生活運動の基にな
るんだよ。
そもそも、日本の支配階級の書き言葉は漢文読み下し文、宣命体
(せんみょうたい)なんだ、はじめのものがたり『竹取物語』もね、支配
階級の中の女性が、「おんな手」といわれる「ひらがな」を活用して、
どんどん音(おと)を姿にしていったんだ、江戸時代の会話体はこの流れ
なんだ、漢文文化圏の中で日本の支配階級だけは文字をつくることに、
ものすごくー積極的ではなかっんだ、そして明治から再び漢文読み下し
文が勢い盛り返してきたんだけど、でも今、若い人達にライトノーベルが
流行(はや)っているだろぅ、これって会話体への歴史の揺れ戻しだょ、
だからわれわれの手で音(おと)を姿(書きことば)にする条件が揃って
いるんだよ、今がそんなんだよ、今なんだよ。
『やっぱりカレンダーよりは暦にしたいね』
http://60120837.at.webry.info/201501/article_2.html
『これって、春夏秋冬はいつ頃定めたのだろうか』
http://60120837.at.webry.info/201501/article_3.html
『そうか、日本は非婚の男女の性をオープンにしていたんだ』
http://60120837.at.webry.info/201501/article_4.html
『そうね、体と心をささえるもの、何だと思う』
http://60120837.at.webry.info/201501/article_5.html
(つづく)
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