テーマ:文明

習性を個性という

 今の世の特徴は、なんでも平均化してしまうこと、人間も平均化さ れ国民という塊りを構成する単位の個人になっている、ここには人間 の個性などない、みんな同じになっている。  今の世の平均化を観察したカール・マルクスは、喧嘩する時の手 は速いが、文章を書く時の手は遅い、これは体の癖である、赤い色 に反応する、好味は塩辛い物であ…
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個人を考えるのか、社会を考えるのかで、立場が違う

 ヨーロッパの「people」は「人々」のこと、「public」は「公(こう)」のことで、 「ひとりひとりが集まってひとつの集合体をなす」ことで、そこの集まりに は主体的権利があるのです。  この手法は大切なのですが、ここでの「ひとりひとり」とは、「人々」ある いは「ひとりひとりの集合体」の、構成要素としての平均的な単位のこ…
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個人は個性を持っている

 中国古典の論理と自然・社会・人間をひとつながりとしての見方、西 洋の人々とその集合体の持っている主体的権利、西洋でいう「弁証法」 について記してきた。  かって中国は「礼」を文明の基準とした、ヨーロッパは「時間」を文明の 基準とした、それぞれ「生命に対する礼」と「クラシック音楽」など使える ものがある。  しかし、…
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弁証法

 敗戦間への大日本の「おおやけ」の最高位は天皇でした、私が通った 小学校には、御真影と教育勅語を納めていた「奉安殿」(ほうあんでん) の址(あと)がありました。  その月山(つきやま)でよく遊びましたが、敗戦前、「奉安殿」を通過す るときには、服装を正して最敬礼をした話はよく大人たちから聞きました。  「奉安殿」での形…
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人類普遍の原理

 わたしたちは普段、「国民」というが、それは西洋での「people」を訳し た言葉である、「人々」という意味である、その人々が集まると「public」 になる、ひとりひとりの人間が集まって集合体をなすことである。  その集(あつまり)が持っているものが、(例えば)戦争するか、しない かを決める主体的権利なのである、そのことを…
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おてんとうさん

 「おてんとうさん」、万物に平等に陽(ひ)を与えてくれる、この言い方は 、「おてんとうさん」と「万物」を並列した状態での外の関係を現わしている。  内の関係もある、「おてんとうさん」が「万物」の体にある状態では、 「万物」の内側に「おてんとうさん」が平等に現れる。  それは、 (健康は)自然に保たれる平衡として。 (…
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人間の心は核より力がある

 広島・長崎への無差別殺戮は、これまで人類を先導してきた「文明」 が、その頂上から転げ落ちた瞬間だ。  これまで人類を先導してきた「文明」とは、「時間」の文明である、そう 時計の時間である、時間を均等にし、貨幣で量ることができるし、就労 中だとか、休憩中だとか、その空間を仕切ることができるし、総じて排除 もできるし、音楽の…
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個人がない文明

 ネットのニュースで「どもり」の記事が配信された。(注1)  記事は、今年、施行された「障害者差別解消法」の枠の中で書かれて いる。  さて、どもりは体の偏りからの癖で、話しが話題からずれて拡がるとか、 新聞の評論を自分のごとく話すとか、頭を掻くとか、貧乏ゆすりしてしま うとか、むかしのことをきょうのことのように覚えている…
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礼に始まって礼に終わる

 オリンピックの柔道で、試合後、相手選手との握手を拒んだ選手が、 帰国処分を科されたと。(注1)  柔道の発祥は大日本、試合の規則はしらないが、握手でなく、礼に 始まって礼に終わるので、礼が筋ではないか。  どうして礼なのか、それは礼が「文明」だからである、その「文明」は 中国から始まる、朝鮮、日本、そしてヴェトナムに…
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